オタクに優しいギャルを借りる
冬 それは恋人達の季節
師走はイルミネーションやツリーを見に街へ繰り出し、年が明けると二人の将来を祈念し、更に寒さが深まると菓子会社の陰謀に踊らされる。
冬の寒さは恋人達を燃え上がらせる。だが世の中には恵まれた人間ばかりではない。それはたとえば…
オタクがモテないというか、身なりに気を使わない人間がモテないのだがオタクは特に顕著である。ギンガムチェックのシャツを着てジーパンを履くか、黒に染まるか。この世のファッションはその2択しかないと洗脳されているかのように、その2パターンしかいない。
黒塗りのオタクである僕も例によって恋人がおらず、冬の寒さに身を震わせていた。
せめてこのご時世限定アイテムのマスクは黒以外の色選べなかったんですか?どうしようもないな…
しかし恵まれないものには何らかの救済措置も備わっているものだ。モテない男の救済措置、それはレンタル彼女だ。
レンタル彼女とはお金を払って女の子とデートが出来るサービスだ。
プロの彼女はどんなデートをするのか気になっていたのでこれも良い機会なのかもしれない。さらにオタクの間で流行っている"アレ"を専門に扱うレンカノ店があるそうだ。それが…
心は決まった。
オタクに優しいギャルを、借りよう。
ギャルを借りる
今回利用するレンタル彼女店『レンタギャル』はオタクに優しいギャルを専門に扱うレンタル彼女店で、レンタルするギャルは"オタク趣味に理解を示すギャル"と"オタクのギャル"の2つのタイプから選べるようだ。そしてレンタギャルの最大の特徴はレンタルしたギャルとの細かい関係性や設定を指定できるところだ。
恋人同士という設定はもちろん、友達や同僚、果ては教師と生徒の関係まで可能らしい。捕まらないか?
他にも変わったサービスがあるようだが、それは後述する。
せっかくなので今回はこの細かいシチュエーション指定を活かし「一度も話した事がないクラスメイトの隠れオタクギャル」としてギャルとデートをしてもらう事にした。
オタクとギャルはやっぱりこのくらいの距離感がちょうどいいし、今は女の子とデートできれば相手は恋人でなくてもいい。
オタクのギャルはサブカルの知識を勉強しているからなのか非オタのギャルに比べて時間当たりの料金が1000円高いが、共通の話題もないのに初対面の人と会話が続くか不安になってしまいオタクギャルを選んでしまった。相手はプロの彼女なのでそんな事にはならないとは思うのだが。
ともかく無事にギャルを借りられたので、デートをしよう
デートwithギャル
2020年12月某日午前11時 僕は待ち合わせ場所のアニメイト池袋本店前に来ていた。
待ち合わせと言ってもお互い一度も話した事がない設定(事実ではある)なので、出会いの場面について事前に指示をさせてもらった。
僕はこの日『涼宮ハルヒの直感』を買いにアニメイトに行った。無事にハルヒを購入したが、帰るまで待ちきれず店の前で冒頭だけ読み始めてしまった。
…という設定でアニメイトの前で立ち尽くしているので、ハルヒを読んでいるオタクに声をかけるようギャルにはお願いをしてある。
ちなみになぜハルヒを選んだのかというと、ラノベは新しいものはもう読まなくなり昔から読んでいるシリーズで最近出版されたのがハルヒしかなかったからだ。ラノベはハルヒしか読んでない高校生、少し無理があるような気がしてきた。
「あ…ハルヒだ…」
立ち読みしていると通りすがりの女性がハルヒに反応した。レンタルしたギャルの大崎さん(仮名)だろうか。
「えっ…大崎さん!?」
「い、いやっ、違うっ……ますけど…」
人違いだった。恥ずかしい、というかこんな方法で待ち合わせをしようとした僕がバカだった。
ハルヒに目を戻すが恥ずかしさを引きずり内容があまり入ってこない。
「あ…ハルヒだ…」
また女性に声をかけられた。今度こそ大崎さんだろうか。
「ぇ…大崎、さぁん…?」
完全に先ほどの人違いが尾を引いている。これでは普通の待ち合わせと変わらないような気がしてきた。
「え、山下(僕)!?」
よかった、今度こそ大崎さんだ。
「なんでここに…ってああ!ここじゃバレる!!ちょっとついてきて!」
ここは僕たちが通う高校の近所ということになっている。大崎さんはオタクであることを隠しているのでクラスメイトや友達にバレたくないので、一旦場所を変えようとしているのだ。
ここまでの彼女の行動はすべて事前に僕が指定しておいたものだ。偽りのクラスメイトとデートする虚しさを覚える前に、一人芝居をしている気分になった僕は虚無感に包まれていた。
僕たちはアニメイトから少し離れたファミレスにやってきた。
※写真をアップする許可が得られなかったのでフリー素材で雰囲気が似ていたのを拾ってきた
急いでいたので顔をしっかり見る機会がなかったが改めて見るとギャルの大崎さんは髪を染め、表情からも明るい印象を受けるギャルだった。しばし見惚れていると大崎さんが口を開いた。
「アニメイトで会ったこと誰にも言わないでよ!」
オタクであることを隠しているギャルのテンプレだ…
ここから先の演技指導はしていないのでどう出るかうかがっていたが、しっかりとテンプレを返してきた。こういう時の反応をしっかりと勉強しているのか、もしくは他の客にも似たようなことをされた経験があるのかもしれない。
僕もオタクくんのテンプレ「誰にも言わない」を返し、どうしてアニメイトに居たのかを訪ねた。どうやら呪術廻戦の店舗限定グッズを買いにきたらしい。
流行りのアニメは押さえているようだし、なぜオタバレしたくないのに学校近くのアニメショップに来ているのか、という僕が考えていなかった部分も補完してくれた。もしかしたらこのギャル、多少できる女なのかもしれない。
昼食のランチセットを食べながら呪術廻戦の話で盛り上がった。アニメしか見ていないのかと思っていたがちゃんと原作も読んでいるらしい。1000円の差額があるのもうなずける。
話に一段落つくと、今度は大崎さんが僕に質問をしてきた。
「山下は今日なにか予定あったの?ハルヒ買って帰るだけ?」
「いや、映画を観に行こうと思ってて…君は泣かぬ水曜日ってやつ…」
「あ!それ私も観たいと思ってた!今から観にいこーよ!!!」
映画にはこちらから誘う予定だったのだが、彼女は完全に意図を汲み取り逆に誘ってくれた。出会って1時間しか経っていないが、僕は大崎さんに好感を覚え始めていた。
昼食を終えた僕は大崎さんに連れられ駅の反対、西口の映画館に来ていた。駅の東にも映画館はあったが、設定上の学校の近くになってしまいオタクくんと一緒にいるところを見られたくないのでここを選んだのだろう。隠れオタクという設定を忠実に守るこのギャル、多少ではなくかなりできる女と見た。
だが何食わぬ顔で僕をリードするギャルとは裏腹に僕は今日一番の難所を迎え緊張していた。しかしこれをしなければ今日のデートは成立しないのだ。僕は意を決して行動を起こした。
「グッズ見たいからチケット僕の分も買ってきてくれないかな?大崎さんの分も払うから。はい、お金。」
そう言って僕は彼女に5000円を差し出した。
いや…
察した方もいるかもしれないが、僕は今料金の支払いをしているのだ。
レンタギャルでは手渡しで料金を支払う時、デート中どのタイミングでも支払いをしてよい事になっている。デートの前後にお金を渡して楽しい雰囲気を壊さないようにする配慮だとか。実際こういった方法で支払いをする客は多いらしい。
四時間分の料金16000円を5000円の下に隠し持った僕の手は震えていた。彼女に「お金多いよ?」と言われ突き返されたらもう一度どこかでお金を渡さなければならない。金を使い目の前の女の子とデートしている事が惨めであると自覚している。だから怖かった。
頼む! 16000円の厚みに疑問を持たないでくれ!!!
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女はお金を受け取り僕に告げた。
「わかった~、ついでにポップコーンも買っといて!」
僕は飲食販売の列に並んだ。緊張から解放されたのと惨めさで泣きそうになっていた。
一番傷つかない方法を選んだはずなんだけどな…
ポップコーンの味は塩キャラメルが好きだが今日はキャラメルを買った。塩辛いのは頬を伝うものだけで充分だから…。
「ポップコーン買ってきてくれたんだ!ありがと~!はいこれお釣りね。」
大崎さんは僕の腕の中のポップコーンに目を輝かせチケット代のお釣り3000円を返してきた。
ん?3000円? 予約する時に大学生だと記載したはずだし、彼女も大学生以上に見えるからどう考えても2000円より上の額が返ってくるはずはないが。
「お釣り多くない?」
「高校生価格で1000円ずつだから間違ってないよ」
「いやそれはせって…」
「じゃあポップコーン代!チケット払ってもらったからお返し!」
設定を無視して返金を拒む僕に対し彼女にとにかくいいからと押し切られてしまった。
彼女に渡した16000円に比べれば1000~1500円の返金など少なく思えるが、きっとそんなことはない。設定をどこまでも忠実に守ろうとしているのか、指名をしてくれた僕へのサービスなのかは分からないがどこまで気の利く娘なのだろう。
今から観る映画は感動すると評判だが、映画を観る前から胸がいっぱいになってしまった。
上映中、僕は隣に座る彼女が気になって映画に集中できなかった。ポップコーンを手に取る時たまに彼女の手が触れるのが煩わしい。このシーンを見た彼女はどんな顔をしているのだろう。そんなことばかり考え映画ではなく彼女の横顔だけが記憶されていく。
クライマックスで主人公とヒロインが想いを伝え合う感動のシーン。僕は途中の話が飛び飛びだったので泣けなかったが、大崎さんはしっかりと泣いていた。
その涙は本物なんだろうか。感動しているという演技なのだろうか。初めて観るような反応をしていたが、もう他の客と観たのではないだろうか。
僕の頭は彼女でいっぱいだった。
映画を見終えて近くのカフェに移動した。彼女は映画の感想を饒舌に話していたが僕は半分以上内容を覚えていなかったので相槌ばかり打っていた。
頼んだケーキを美味しそうに頬張る彼女。かわいい
そんな彼女を見ていると、ふとアニメや漫画についてどれほどの造詣があるのだろうかと頭に浮かんだ。折角なので試してみるか。
「大崎さん、ラブライブって見た事ある?」
「あるよ~!女の子かわいいし話もいいよね!」
女性はあまり見ないと思っていたがラブライブ分かるのか…
「じゃあPSYCHO-PASSは?」
「それすっごく好き!狡噛さんと槙島さんかっこいい…」
そこそこ昔のアニメだしグロイのにちゃんと押さえてある。
グロいのが大丈夫ならこれはもしかするとあの漫画について語れるかもしれない…
「なる…たる……?それはちょっと分かんないや」
さすがに『なるたる』は分からなかった。一番好きな漫画なので残念に思いつつも、あんなグロい漫画を読んでいるギャルはギャルらしくないので心のどこかで安心もしていた。
そんな事を考えていると彼女がおもむろに立ち上がった。
「ごめん、もう時間だから帰らなきゃ。なるたる…だっけ?今度貸してね」
ギャルを想う
初めてレンタル彼女のサービスを使ったのだが、存外楽しかった。途中虚しさを覚えたりもしたけれど、女の子と遊ぶのはやっぱり、良い。恋人がおらず寂しい思いをしている方にはぜひ体験してみて頂きたい。
今回のデートで恋人がほしい欲求が益々膨らんでしまった。
そういえばレンタギャルには友達として遊んだギャルに告白すると次回からは恋人としての付き合いができるサービスもあるらしい。もちろん恋人と言っても"レンタル彼女"になるということだが、告白の成功体験ができるのは恋愛に自身がない男性にとっては良い事だろう。
僕は帰り際に交換した大崎さんのLINEプロフィールをながめていた。
また会ってみたいな。それに告白すれば彼女になってくれると言うし…
いや料金も安くないし、それに本当の恋人がほしいし…
だが、しかし……
僕の春は今始まったのだろうか。それとも終わったのだろうか。